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東京高等裁判所 昭和51年(行ス)9号 決定 1976年10月05日

抗告人 小林義男こと金有植

相手方 東京入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 伴義聖 荒木文明 ほか三名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨と理由は、別紙一<省略>記載のとおりであり、相手方の答弁は、別紙二<省略>記載のとおりである。

抗告人は、まず原決定は、退去強制令書の執行による収容の目的として外国人の隔離、在留活動の停止をも挙げているが、収容の目的は、送還のための身柄の確保以外にはなく、原決定は法の解釈を誤つている、と主張する。

思うに、退去強制令書が発付された外国人は、本邦に在留することを排除されるべき者であるから、送還に先立つてされる収容(出入国管理令第五二条第五項)は、同令に定める特別の場合を除いてすべて外国人は法定の在留資格を有しなければ本邦に上陸、在留することができないとする出入国管理制度の健前にかんがみると、送還のための身柄の確保のほか、当該外国人の隔離、在留活動の禁止をもその目的とするものと解すべきである。従つて、原審が、同趣旨の解釈のもとに、収容により回復の困難な損害を生ずるというためには、収容に通常伴う自由の制限を受け、あるいは精神的苦痛を蒙るというだけでは足りず、社会観念上抗告人に対して受忍を強いることを不相当とする損害を生ずるような事情の存在する場合であることを要すると解したのは正当であり、この点になんら法解釈の誤りはない。

次に抗告人は、原決定が抗告人の収容を継続しても回復困難な損害を生じないと認定したのは誤りである、と主張する。

本件疎明資料によれば、抗告人は、昭和二三年(一九四八年)七月二〇日生れの韓国人であつて、昭和四〇年七月中旬ころ本邦に不法入国した後、そのまま本邦において生活していたところ、昭和四九年春ころ、東京入国管理事務所に出頭して不法入国の事実を自首したものであるが、学校教育を全く受けたことのない文盲であつたことから、右自首後の昭和五〇年四月自発的に大田区立糀谷中学校夜間部に入学し、以来勉学にはげみ、学校当局者の尽力と相侯つて本件処分当時には小学校四年程度の学力を身につけるに至つていたことが一応認められる。従つて、抗告人が収容されることにより学校での勉学が中断し、それだけ学習の進度が遅れるとしても、それほど大きな影響を及ぼすものとは考えられず、それによつて抗告人が勉学に対するこれまでの熱意や能力を失い、抗告人にその主張するような回復しがたい損害を生ずるものとは認めがたい。結局、収容を継続することによつて抗告入に生ずる前記のような勉学上の不利益は、社会観念上抗告入が受忍することを求めるのを不相当とするものではなく、収容に通常伴う不利益の域を出ないものであるから、収容の執行を停止する要件である回復困難な損害には当らないというべきである。

よつて、抗告人の本件執行停止の申立を送還の部分にかぎり認容し、その余の部分につき却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 枡田文郎 福間佐昭 山田忠治)

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